雇用契約書がないとき、何を確かめるか

雇用契約書という名前の書類が手元に無くても、それだけで会社が法律に違反していると決まるわけではない。労働基準法15条1項が使用者に求めているのは、労働契約を結ぶときに賃金や労働時間その他の労働条件を明示することであって、「雇用契約書」という表題の紙を作って渡すことではない。見るべきなのは紙の有無ではなく、明示が済んでいるかどうか。

ただし条文には続きがある。賃金と労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。口頭の説明だけで入社日を迎えているなら、そこは義務が果たされていない状態になる。

「無い」と言っても、状態は3つに分かれる

1つめは、明示そのものを一度も受けていない場合。入社初日に口頭で勤務時間と給与を聞いただけ、というのがこれにあたる。

2つめは、受け取ったが手元に無い場合。署名して会社に提出し、控えを渡されないまま今に至る、というケースがある。原本が会社にあるなら、写しを求めるところから始まる。

3つめは、電子で送られていて気づいていない場合だ。厚生労働省の資料は、労働者が希望した場合には書面の交付によらず、ファクシミリの送信や電子メール等の送信による明示も可能としている。起点は本人の希望。会社の都合でメール送信に切り替えられる仕組みではないので、希望していないのに採用担当者からのメール本文に勤務時間と給与の額だけが書かれている、という状態は、この例外にあてはまるものとして想定されていない。入社前後のメールを一度さかのぼる。添付ファイルが来ていないかを確かめる。

会社に課されているのは、明示という行為のほう

明示すべき事項は労働基準法施行規則5条が列挙している。契約期間、就業の場所と従事すべき業務、始業と終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、交替制なら就業時転換に関する事項、賃金の決定・計算・支払の方法と締切・支払の時期、そして退職に関する事項。2024年4月からは、就業場所と業務について変更の範囲も明示の対象に加わった。数が多い。

この一覧と、手元の紙や画面に書かれていることを照らすと、何が足りないかが具体的になる。書類の名前は関係ない。中身の話は雇用契約書とは、書面にした労働条件で項目ごとに整理した。

石川県内の監督では、8件に1件が明示に引っかかっている

石川労働局が公表した令和5年の監督指導の状況によると、県内4つの労働基準監督署が実施した定期監督等1,551件のうち、労働条件の明示(労働基準法15条)に関する違反は196件だった。違反率12.6%。前年は14.6%で、こちらも1割を超えている。

同じ資料では、監督指導を実施した1,551件のうち1,171件、75.5%で労働基準関係の法違反が認められたとされる。明示義務の違反は、そのうちの一部。令和5年の送検15件のうち1件は、労働条件明示にかかる労働基準法違反だった。

数字の射程は限っておく。これは石川県内の1年分で、しかも監督の対象になった事業場の集計である。全国の事業場のうち何%という読み方はできない。それでも、書面を渡されていない状態が例外的な事故ではないことは分かる。

聞いていた条件と実際が違ったら、その場で辞められる

労働基準法15条2項は、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除することができると定めている。退職の申し出から2週間、という民法の原則を待たなくてよい。

3項はさらに踏み込む。就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合、使用者は必要な旅費を負担しなければならない。転勤を伴う入社で条件が違っていたときの、帰りの費用。

ここで効いてくるのが、前提の「明示された」という言葉である。何も明示されていなければ、事実との食い違いを示す土台そのものが無い。書面を求めるのが先になるのは、このためだ。

書面が出てくるまでに、手元へ残せるもの

明示を待つあいだも、条件は日々運用されている。記録は自分の側でも作れる。

  • 給与明細(基本給と手当の区別、控除の項目)
  • 実際の始業・終業の時刻と、休憩が取れた時間
  • シフト表や勤務表の写し
  • 採用時から入社後までのメールとメッセージ

就業規則も見ておきたい。厚生労働省のモデル労働条件通知書には、就業規則を確認できる場所や方法を書く欄がある。つまり、細かい決まりは就業規則に委ねる形が想定されている。どこで読めるかを総務や上長に聞くのは、書面の請求よりも角が立ちにくい。

頼んでも出てこないときの相談先

社内で求めて動かないなら、外に窓口がある。総合労働相談コーナーは、各都道府県労働局と全国の労働基準監督署内など378か所に置かれている。費用は無料で、予約もいらない。扱う範囲は解雇、雇止め、配置転換、賃金の引下げ、募集・採用、いじめ、パワーハラスメントまで広い。

労働基準法15条の明示義務そのものは、労働基準監督署の監督指導の対象。先の石川労働局の集計も、その監督の結果である。

書面の有無とは別に、自分の条件を言葉にしておく

書面が出てきたとして、そこに書かれるのは会社が決めた条件のほうだ。自分がどの条件を重く見るかは書かれない。残業の量より勤務地の固定を優先する人もいれば、逆の人もいる。

workprevu の診断は、職場の環境を12の軸に割って記録し、自分に合う条件との距離を見るためのもの。書面を請求するときも、何を確かめたいのかがはっきりしていると、聞く順番が決まる。

出典

  1. 2024年4月からの備えは大丈夫ですか? 労働条件明示事項が追加されます(厚生労働省、2024年4月1日施行。労働基準法15条・労働基準法施行規則5条の条文、モデル労働条件通知書)
  2. 令和5年の監督指導、司法処理状況等を公表します(厚生労働省 石川労働局、2024年公表。令和5年の定期監督等1,551件の集計)
  3. 総合労働相談コーナーのご案内(厚生労働省)