人事異動を断れるかどうかは、来た辞令がどの種類の異動かと、契約でどこまで動くと決めてあるかで変わる。厚生労働省が2017年に出した資料は裁判例の現状をこう要約している。就業規則に業務上の都合により転勤や配置転換を命ずることができる旨の定めがあり、勤務地や職種を限定する合意がない場合には、企業は労働者の同意なしに転勤や配置転換を命じることができる。ただし配転命令権は無制約に行使できるものではなく、濫用することは許されない。
断る・断れないの前に見る書面は2枚。就業規則の配転に関する条文と、雇用契約書の変更の範囲の欄だ。
辞令が指しているものは、4つのどれか
同じ資料は配転をこう定義している。労働者の配置の変更であって、職務内容または勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるもの。そのうち同一勤務地(事業所)内の勤務箇所(所属部署)の変更が「配置転換」と呼ばれ、勤務地の変更が「転勤」と呼ばれることが多い、と書き分けている。
人事異動という社内の言い方は、この2つに加えて、雇用先が増える出向と、役職や等級が動く処遇の変更まで含んでいる。拒否の話をするときに効くのは、この区別だ。転居を伴うなら根拠は勤務地の限定の有無に寄るし、出向なら命令そのものに別の条文がかかる。
転居を伴う異動については、転勤の拒否は2枚の書面で決まるに、勤務地限定正社員の区分や免除を申し出た人の割合まで書いた。この記事は、転居を伴わない部署や職種の変更を中心に置く。
2024年4月からの契約書には、業務の変更の範囲が書いてある
職種を限定する合意があるかどうかは、書面で確かめられる。2024年4月以降に労働契約を結んだ人と、有期契約を更新した人には、就業場所と従事すべき業務について「変更の範囲」の書面明示が行われている。改正労基則第5条第1項第1号の3による明示事項で、対象は無期契約の社員だけでなく、パート・アルバイト、契約社員、派遣労働者、定年後に再雇用された人まで含む。
ここでいう変更の範囲は、今後の見込みも含め、その労働契約の期間中における就業場所や従事する業務の変更の範囲を指す。一時的に変更される際の、一時的な変更先の場所や業務は含まれない。厚生労働省の資料は、就業場所・業務に限定がない場合はすべての就業場所・業務を含める必要があると説明している。
つまり「会社の定める業務」と書いてあれば、職種を限定する合意は無い。「経理業務」とだけ書いてあるなら、そこが範囲の上限になる。2024年4月より前に入社して、その後契約を更新していない人の契約書にはこの欄がないので、就業規則の配転条項だけが手がかりになる。欄の読み方は雇用契約書の書き方にまとめた。
命令が濫用とされるのは、3つの場合
就業規則に定めがあっても、通らない命令はある。資料が挙げる類型は3つ。業務上の必要性が存しない場合。業務上の必要性が存する場合であっても、他の不当な動機・目的を持ってなされたものであるとき。労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき。
退職させることを目的とした配転命令が違法とされた事例も載っている。育児や介護などの事情に対する配慮の状況を判断に際して考慮する下級審の例もある、とも書かれている。生活上の負担が重いというだけでは足りず、「通常甘受すべき程度を著しく超える」かどうかが分かれ目になる。この線は事案ごとに引かれるもので、自分で判定できるものではない。
裁判例の整理そのものは転勤を題材にしているが、資料の文言は転勤と配置転換を並べて書いている。
出向だけは、命令に直接の条文がある
部署異動と出向は、根拠の置かれ方が違う。労働契約法第十四条は、使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は無効とすると定めている。
条文があるのは出向だけ。同じ会社の中での部署異動や職種の変更は、労働契約の解釈と権利濫用の判断で処理されている。辞令に出向先の社名が入っているなら、必要性と人選の事情という2つの物差しが条文に書かれていることになる。
断ったあとに起きることは、別の条文で判断される
命令が有効だったとして、従わなかった場合に何が起きるか。ここは2段になっている。
労働契約法第十五条は懲戒についてで、使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その懲戒は無効とする。第十六条は解雇で、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は、その権利を濫用したものとして無効になる。
同じ拒否に対して、戒告が有効かどうかと、解雇が有効かどうかは、別に判断される。だから「拒否したら解雇」という一本道にはならない。処分の重さと行為の重さが釣り合っているかを見る物差しが、懲戒の側にも置かれている。
言うなら内示のうち、残すなら日付から
内示は社内の予定、辞令は命令。事情を伝える余地があるのは、辞令が出る前の段階になる。ここで何を言ったかは、言っただけでは残らない。
残すなら3つ。内示された日付、説明された異動の理由、異動後に変わる条件(職種、勤務地、賃金、労働時間、役職)。3つ目は、辞令や労働条件通知書の記載と口頭の説明が食い違っていないかを見る材料にもなる。賃金が下がる異動なら、下がる根拠が等級の変更なのか手当の支給要件なのかで話が変わる。
年に1度の自己申告書が、事情を出す窓口になっている会社は多い。本人の希望がどれくらい反映されているかの全国の数字は異動の本人希望の反映割合にある。
自分の職場で確かめる
手元で揃えられるのは4つ。雇用契約書の就業場所と業務の「変更の範囲」の文言、就業規則の配転に関する条文、内示の日付と説明された理由、異動後に変わる条件の一覧。4つ揃えば、断れるかどうかの判断材料は人に聞かなくても並ぶ。
workprevu の診断は、職場の条件を12の項目に割って記録する。仕事の進め方をどこまで自分で決められるか、手順がどこまで決まっているか、人と接する量がどれくらいか。異動の前に記録しておくと、異動後の答えと並べて、どの項目が動いたかを見られる。